sikki #8

URUSHI
〜伝統と新しさの越前漆器 土直漆器POPUP〜

 

1500年の歴史をもつ福井県鯖江市の越前漆器。 私達コトモノミチは、「日本各地のモノづくりを支える人たちをもっと前に」という想いの元、全国各地の地場産業や製造業の方々とのプロダクト製品の販売や企画展を開催しています。

2022年1月の企画展は、福井県鯖江市の伝統工芸品である越前漆器の漆職人集団で、 「先人から受け継ぐ伝統の技を重んじつつ、自由な発想で常に新しいことに取り組んでいく」というコンセプトで、 製造し販売に至るまでを手掛けている『土直漆器』のPOPUPをtokyo店/osaka店の2店舗同時に開催します。
新年を迎え、新しい器や美しい漆器で1年間を始めてはいかがでしょうか?
ぜひ、この機会に東京・大阪店に足をお運びくださいませ。

『URUSHI 伝統と新しさの越前漆器 〜土直漆器POPUP〜』

【日程】1/8(土)〜1/31(月)
【開催場所】
coto mono michi at TOKYO 
〒130-0002 東京都墨田区業平4-7-1 1F
12:00〜19:00 ※火・水定休 TEL 03-6427-6648

COTO MONO MICHI AT PARK SIDE STORE
〒550-0003 大阪市西区京町堀1-15-23-1F
11:00〜19:00 ※不定休 TEL 06-6459-0366

【出展者】
株式会社 土直漆器

出品商品一覧

商品画像

photo by 土直漆器

商品画像

photo by 土直漆器

作り手紹介

photo by 土直漆器

株式会社 土直漆器 福井県 鯖江市
http://www.tsuchinao.com/


福井県鯖江市河和田を中心とする越前漆器は、その地域全体で分業体制が確立しており、素地作りや塗り、加飾など様々な工程を高度に専門化することで美しく堅牢な作品を生産しています。
土直漆器では、それぞれ専門の職人を抱え、素地作り以外の全工程(下地、中塗、上塗、蒔絵)を同じ工場内で細かい意思疎通を図りながら作業を進めます。
スタッフは現在15名。そのうち製作スタッフ(漆器職人)は12名。
伝統的「技」を伝承する一級技能士が1名と伝統工芸士が1名在籍しており、また若いスタッフが多いのも特徴で、女性スタッフは5名製作にかかわっています。
ベテランスタッフの伝統技術と若手スタッフの新しい発想、デザイン力をうまく融合し現代のニーズに応えたモノ作りを行っている 厳しい練磨を重ねてきた職人の技と伝統を重んじつつ、自由な発想で常に新しいことに取り組んでいる土直漆器の逸品をぜひお楽しみください。


作品の特徴

漆器づくりの行程は、分業で行われるのが一般的です。
しかし、土直漆器では、下地<中塗<上塗<装飾などにそれぞれ専門の職人がいます。
各工程で求められる技、それぞれの職人が技術を磨くことで高い品質の商品が作られる。素地づくり以外の行程に携わる職人が同じ工場内で作業を行うことで、品質だけでなく、デザインや製法などのこだわりなどを込めています。
伝統を受け継ぎつつ、自由な発想で新しい製品を生み出します。
「漆を持ち運ぶ」をコンセプトに異素材×漆の商品を開発しています。

 

【InstagramLIVE】

日程:2022年1/7(土) 18:00〜

『株式会社土直漆器・土田直東』さんを迎え、福井県鯖江の製造現場の風景をお見せしながら、越前漆器についてご説明します。

Instagram coto mono michi 公式Instagramアカウントは下のボタンからお入りください。
トークゲスト株式会社土直漆器をゲストにお招きし インスタグラムにてトークします。
コトモノミチインスタグラムをフォローお願いいたします。


越前漆器の起源は、今からおよそ1500年前にまでさかのぼります。

当時の皇子(のちの第26代の継体天皇)が王冠を壊してしまい、片山集落(現在の福井県鯖江市河和田地区の片山町)の塗師に修復を命じ、塗師は漆を用いて王冠をみごとに修復し、さらに黒塗りの「三ツ組椀」とともに献上しました。その出来栄えにいたく感動した皇子が、片山集落での漆器の生産を推奨したのが始まりと伝わります。 また、山々に囲まれた越前はあまり農作業には適さない土地で、古くから漆掻き(漆の木から樹液を採取する職人)が多くいたこと、良質な材木が採れたこと、温度や湿度も漆器づくりに適した環境であったこともあり、この地では漆器づくりが発展していきます。最盛期には全国の漆掻きの半数が越前にいたと云われています。


室町時代の繁栄

室町時代に入ると、当時、布教が盛んであった浄土真宗において、「報恩講(ほうおんこう。浄土真宗の開祖・親鸞をしのび、命日の前後に執り行われる法要)」の仏事に漆椀が用いられました。これも越前漆器の普及のきっかけとされます。


江戸時代、明治時代での技術発展

江戸時代の末期になると、越前では輪島の「沈金(ちんきん)」や京都の「蒔絵(まきえ)」など、他の地域で発達した漆の技法を取り入れます。これにより越前漆器には華やかかつ上品な装飾性が加わり、表現の幅が広がっていきます。 それまでは「丸物(お椀もののこと)」を中心に生産されていましたが、明治時代の半ばには「角物(板を組み合わせてできる箱や器のこと」もつくられるように。膳、盆、重箱、菓子箱、花瓶などと製品の幅も広がっていきました。


現在の越前漆器

当初、越前漆器は片山集落(現在の福井県鯖江市河和田地区の片山町)でつくられるのみでしたが、徐々に河和田地区全体にまで広がっていきます。河和田地区産の漆器は「河和田塗」とも呼ばれます。
そして、大正時代になると、新しい機械や技術が加わり、旅館やレストランのような外食産業に向けた業務用漆器の量産体制を整えたところ、福井県だけでなく、名古屋や大阪などの県外の大量消費地でもその需要は拡大。今日では、外食産業・業務用漆器における国内シェアで80%以上を占めるまでに成長しています。

越前漆器ができるまで


1.木地づくり

越前漆器は各工程が細かく、塗師屋(ぬしや)が産地の職人をとりまとめて一つの漆器を作る分業制です。
漆器生産の最初の工程は、生地の選定から始まります。木地は漆を塗る材料となるもので、ケヤキ・トチ・サクラ・ホオなどの堅牢性のある樹木を生地として、木取りをして木地を作っていきます。歪みがない木地に仕上げるためには、生地となる原木の適切な乾燥が重要になります。正確に寸法通りに仕上げる技術をもつ、木地師と言われる職人の存在も欠かせません。
製作された木地を塗り工程に出す前に大切なのが、下地作業です。下地は漆器の土台を作る作業で、木地の傷・穴や自然の裂け目などを充填したり、傷つきやすい部分を補強します。漆器の塗りの仕上がり具合や堅牢さなどは、下地作業の善し悪しで左右されるのです。椀などの丸物はろくろを使って削り、角物は板を裁断して削り込んで組み立てます。
食器洗い機の普及にともなって、木材の他にも、金属や合成樹脂、ガラス、繊維などの材質も積極的に採用してきました。合成樹脂の成型は機械で熱加工をし、コストダウンや多様な形への対応も可能です。最近では3Dプリンターの開発により、伝統の上に新しいスタイルも取り入れています。


2.下塗

塗り工程は、下塗(したぬり)と上塗(うわぬり)です。塗り(ぬり)の手法は、手塗りまたはスプレー塗りになります。漆に含まれるウルシオールが化学反応をおこしながら硬くなるため、高い湿度が必要です。天候によって作業が影響を受けるため、長年の経験が求められるデリケートな工程と言えます。下塗は、塗りと研ぎを繰り返すため漆器の品質に関わる工程です。


3.上塗

上塗は、潤いのある光沢を生むために、温度や湿度を上手く保ちながら漆を乾燥させる技術が重要です。スプレー塗りは、手動スプレーまたは、自動のスプレーガンを使用します。伝統色だけでなくモダンなカラーを用いる工夫もされ、現在では「変わり塗り」などの新技法も開発されてきました。
塗り終わった漆器は、一定時間回転する回転風呂と呼ばれる機械にいれて数日かけて乾燥します。わずかな塵や埃を付着させないように、細心の注意を払う作業です。


4. 蒔絵(まきえ)

越前漆器にはさまざまな装飾技法があり、多く使われているのは、「蒔絵」、「沈金」、機械による印刷や転写です。「蒔絵」は、漆を蒔絵筆(まきえふで)に含ませて絵や模様を描いた後に、金粉や銀粉を蒔き付けて色づけをし、研ぎと磨きを繰り返します。蒔く工程と磨きの有無による主な技法は、「研出(とぎだし)蒔絵」・「平(ひら)蒔絵」・「高(たか)蒔絵」の3つです。